西洋・東洋建築史の近代建築について解説していきます。
近代建築は19世紀末から取り組まれてきた産業革命による影響から始まったとされています。
石造建築よりだった今までの時代から、産業革命の影響で建築材料の工業生産が可能になり、鉄・ガラス・コンクリートを使った建築にシフトチェンジされていきます。
それぞれの近代建築史のイベントと共に振り返ってみます。
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アーツ・アンド・クラフト運動
19世紀後半に行われた、イギリスのウィリアム・モリスによる工芸品運動を表します。
産業革命の影響により大量生産が可能になりました。
大量生産を優先することによって、物の品質が下がっていきました。
ウィリアムモリス達は物作りの本質である「手」で行う作業を見直し、芸術の本来の思想を主張していきます。
しかし、共感を得れない部分があり、機械的な生産と手工芸とでは相反するため対立してしまいます。
デザイン装飾芸術(壁紙や挿絵など)の分野で多くの革新を示し、後のアール・ヌーボーに大きな影響を与えています。
アール・ヌーヴォーとアールデコ
アーツ・アンド・クラフツ運動後の19世紀末に、ベルギーのブリュッセルからヨーロッパへ広がった様式をアール・ヌーヴォー様式といいます。
花や植物などのイメージに近い形や、自由な曲線を使う装飾などを、建築や攻撃など枠に収まらず多岐に影響を与えています。
1925年にパリ万国装飾美術博覧会が行われた事をきっかけに、「アール・ヌーヴォー」から「アール・デコ」へと移行されていきます。
「アール・デコ」は、初めはアール・ヌーヴォー式のように、植物を連想させるデザインを多様していましたが、機械製品の発達とともに、機能的かつ機械的なデザインに移り変わっていきます。
サクラダ・ファミリアはモダニズム建築とも言われ、アントニ・ガウディの未完の世界遺産になります。
資金不足で工事な難航していますが、ガウディの弟子達が残された図面や思想を元に完成へと一歩ずつ前に進めています。
近代建築 シカゴ派
西洋建築史の中でも「シカゴ派」という言葉が後半の方に出てきます。
1880年代~1890年代に、アメリカのイリノイ州シカゴで興った建築のスタイルのことを言います。
1871年のシカゴでの大火事により、約10万人の人達が住居を無くしてしまいます。
その復興の際に、木造が禁止され、レンガや石造など建築構造が限定されてしまいます。
その中でも、シカゴの産業を支えている「鉄」に注目のが集まり、鉄骨造によるオフィスでの建築が主流になりました。
シカゴ派の指揮を執っていたのが、ミース・ファン・デル・ローエの師匠でもある「ルイス・サリヴァン」なのです。
シカゴ建築の時代にエレベーターの実用が具体的になり、超高層建築への可能性を現実的にしました。
鉄骨構造の始まりと言われる時代が、このシカゴ派ともいえます。
バウハウスの誕生
近代建築と切っても切れない関係の1つに、建築の教育機関でもある「バウハウス」になります。
「バウハウス」は建築だけでなく、工芸や写真にも精通している学校で、現代美術や建築に多くのの影響を与えています。
初代校長はヴァルター・グロピウスが務め、最後の校長はミース・ファン・デル・ローエが務めています。
グロピウスについては、過去に記事を書いています↓
バウハウスが開校されてた期間は、14年という短い間だけでした。
それでも「バウハウス」の名が世界中の記憶に残り続けているのは、携わった建築家達の活躍に他なりません。
近代建築の三大巨匠
近代建築を語る上では、欠かせない建築家がいます。
近代建築の三大巨匠と位置付けられ、多くの作品を世に残しました。
フランク・・ロイド・ライト
アメリカの建築家であり、「プレーリースタイル」や「有機的建築」など、これまでにない建築思想と建築スタイルを生み出しています。
文化遺産に登録されている作品も多く、日本では「帝国ホテル」や「ヨドコウ迎賓館」など、日本の建築家と共に作品を残しています。
海外では、「カウフマン邸(落水荘)」「ロビー邸」「グッゲンハイム美術館」などか有名です。
フランク・ロイド・ライトについて、過去にこういう記事を書きました↓
兵庫県芦屋市にあるヨドコウ迎賓館に訪れた時の記事です↓
ル・コルビュジェ
スイス生まれのフランスの建築家。
元々は画家から始まり、建築だけでなく家具などのデザインも手掛け多くの作品を残しています。
「近代建築の五原則」という形を完成させ、「機能的建築」の思想をもとに多くの建築物を残しています。
日本でも「国立西洋美術館」などのデザインに携わり、無限成長美術館として変化し続けています。
代表的な建築作品は「サヴォア邸」「ユニテ・ダビタシオン」などが有名です。
コルビュジェに関しても、過去にこういう記事を書きました↓
ミース・ファン・デル・ローエ
ミース・ファン・デル・ローエは、ドイツ出身の建築家でキャリア後半はアメリカで活躍しています。
「ユニヴァーサルスペース」という、内部空間を広く使い自由度を向上させる概念で多くの建築を残しています。
近代建築の建築技術や材料の特性を生かし、鉄骨造や鉄筋クリート造で広い空間を実現しました。
代表的な建築物は「トゥーゲントハット邸」や「ファンズワース邸」「シーグラム・ビルディング」などです。
建築だけでなく、インテリアの世界のもにも影響を与え、彼の頭文字をとった「MRチェア」や「バルセロナチェア」など、名作として語り継げられている作品を残しています。
ミース・ファン・デル・ローエについても過去にこういう記事を書きました↓
近代建築の発展、近代建築から現代建築へ
1960年代から近代建築の活動は活発になります。
ウァルター・グロピウスやミース・ファン・デル・ローエらによるバウハウスの運営なども近代建築を後押している要因の1つです。
また、世界中の建築家が集まったとされているCIAM(シアム)という近代建築国際会議が行わています。
意思交換と実践を繰り返し、機能的で合理的な建築が世界中に広がっていきました。
近代建築について記事にしてみました。
様々な背景がありながら、偉大なる建築家達が取り組まれてた結果が近代建築として、1つの時代を構築されました。
その思想や哲学、技術への取り組み方などは世代を越えて現在でも継承されてると思います。
これからも引き続き、勉強していきたいと思います。
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