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ミース・ファン・デル・ローエの建築作品と思想。「Less is more 少ないほど豊かである」

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ミースファンデルローエのバルセロナパビリオンの参考あ画像

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近代建築の三大巨匠、ミース・ファン・デル・ローエの建築作品と彼の生涯について紹介になります。

ミース・ファン・デル・ローエは、ドイツ出身の建築家であり20世紀を代表する建築家。

ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエの参考画像

ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ

Less is more More is less」(より少ないことは、より豊かなこと、より多いことは、より貧しいこと

Good is in the detail神は細部に宿る)」

ミースがが残した名言でもあり、彼の功績や考え方は、建築だけでなくインテリアの世界も含め多くのえいきょうを与え続けています。

世の中の芸術に多く影響を与えた芸術学校「バウハウス」の最後の校長も務めていましたが、バウハウスの閉校に伴い、キャリアの途中からはアメリカに亡命し活躍されています。

ユニヴァーサルスペースの提唱と、ガラスによる曲線と鉄骨による空間成形のスタイルを確立、近代建築の巨匠の仲間入りしています。

ミース・ファン・デル・ローエが提唱したユニヴァーサルスペースという概念

ユニヴァーサルスペース」はモダニズム建築の考え方の一つで、内部の空間に制限を作ることなく、自由に使えるようにするという概念。

その当時はレンガや石造りで壁を作り、厚い間仕切りで部屋を区切られていたと言われています。

その後、鉄骨造やRC造の技術が進歩も伴い、柱・天井・床の構造の特徴を生かしながら、自由度の大空間を作れるようになりました。

イリノイ工科大学クラウンホール(1956年)を皮切りに、ユニヴァーサル・スペースが広まったと言われています。

*ミース本人は「クリア・スパン構造」と呼んでいます。

後にミースが万国博覧会のために設計した「バルセロナ・パビリオン」が、ユニヴァーサルスペース・モダニズム建築の傑作として評価されています。

現在の事務所建築やオフィスビルなどの空間も、自ずとユニヴァーサルスペースの影響をもとに考えられています。

ミース・ファン・デル・ローエが残した建築作品

ファンズワース邸

白いファザードのファンズワース邸の参考画像

白いファザードのファンズワース邸

出典:wikipedia

8本の柱で構成され、四方わガラスで覆われており、地面から浮き上がった床スラブの上には、センターコア以外に仕切りもない空間が存在しています。

周りの自然環境と、白く包まれたファンズワース邸が、何とも言えない雰囲気を漂わせており、今も多くの人を引き付けています。

施主であるファンズワースとは、予算と機能面で訴訟になったりと色々ありますが、今も究極の週末住宅として現存してます。

この空間形成こそが、後のイリノイ工科大学クラウンホールなどにも採用され、ミースの基本的スタイルとして確立された建築でもあります。

ファンズワース邸/ミース・ファン・デル・ローエの参考画像

ファンズワース邸/ミース・ファン・デル・ローエ

トゥーゲントハット邸

モダニズム建築の原点と言われるトゥーゲンハット邸の参考画像

モダニズム建築の原点と言われるトゥーゲンハット邸

ファンズワース邸と同じく、トゥーゲンハット邸も、ミースが設計したモダニズム建築の中でも原点とも言われている作品です。

自由な空間設計を可能にするために鋼鉄製で建築され、バルセロナ・パビリオンのように、柱は十字型でステンレスの幌がつけられています。

庭に面した外観は、光を最大限取り込むために全面ガラス張りになっており、できる限り指物細工を削減することを考え、大きな板ガラス群が使われています。

チェコの世界遺産にも登録されており、近代建築5原則の内の一つ「自由な平面」をコンセプトに、この邸宅に合わせた家具も揃えられています。

イリノイ工科大学クラウンホール

アメリカのシカゴにあるイリノイ工科大学クラウンホールの参考画像

アメリカのシカゴにあるイリノイ工科大学クラウンホール

出典:wikipedia

アメリカのシカゴ州にあるイリノイ工科大学クラウンホール

1956年に竣工し、ミース本人がイリノイ工科大学の主任教授を務めている時に設計した作品になります。

建築学科の校舎として建設され、外部に柱を計画することにより、ユニヴァーサルスペースの醍醐味とも言える大スパン空間を実現している作品になります。

シーグラムビル

ミースのアメリカでの作品 シーグラムビルの参考画像

ミースのアメリカでの作品 シーグラムビル

出典:wikipedia

シークラムビルディングはアメリカのニューヨークにある超構想建築物です。

ミースがアメリカに亡命してからの作品、ミース・ファン・デル・ローエとフィリップ・ジョンソンの共同設計によって建築されており、38階建て、高さは156.97m。

アメリカ合衆国国家歴史登録材に指定されています。

シーグラム・ビルディングは、建築の在り方に多大な影響を与え、ニューヨークの地域指定条例が、それまでの斜線規制から容積規制へと、建築規制を変えるきっかけを作ったとも言われています。

装飾関係を省き、バランスを重視した、世界に通用するインターナショナルスタイルという形を新たに表現しています。

バルセロナ・パビリオン

復元後のバルセロナパビリオンの参考あ画像

復元後のバルセロナパビリオン

バルセロナ・パビリオンは、1929年にバルセロナ万国博覧会のドイツ館としてミース・ファン・デル・ローエが設計しました。

博覧会終了後に取り壊されましたが、ミース・ファン・デル・ローエの生誕100周年に当たる1986年に、博覧会当時と同じ場所に復元されました。

現在はミースの記念館として開放されています。

石やガラスの壁が独創的で、空間構成もどこかトゥーゲンハット邸に似ており、ミースのインテリアの代表作である「バルセロナチェア」はこの館のためにデザインされています。

ベルリン国立美術館・新ギャラリー

ベルリン国立美術館・新ギャラリーの参考画像

ベルリン国立美術館・新ナショナルギャラリー

1968年にミースファンデルローエによって設計され、新たに開館した「ベルリン国立美術館・新ナショナルギャラリー」

静養の彫刻や絵画を中心に展示されており、ファンズワース邸のように外周部に8本の柱がそびえ立ち、全面ガラス張りの外観が強烈な個性を表現しています。

ファンズワース邸が「白」に対し、ベルリン国立美術館は「黒」を基調としているため、その対比も、ミースの作品の楽しみ方の一つとも言えます。

Less is more ミース・ファン・デル・ローエと建築 まとめ

今回は、近代建築んお三大巨匠の一人、ミース・ファン・デル・ローエについて紹介しました。

ミースはインテリアにも多くの作品を残しており、電気のスイッチにまで携わっていたとも言われています。

世界的に活躍されていた建築家は、独創的であり、どこか共通するような部分も持ち合わせています。

昨今の技術が進歩するにつれ、彼らの功績や与えた影響は測りしれないものだと感じます。

次回はミースのインテリアの作品などを集めた記事をUPします。

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archi

普段は設計メインの建築エンジニア。 休日は趣味(スポーツ・遊び)を堪能する1児の父。 ハウスメーカーやデベロッパー、設計事務所などを渡り歩き、住宅から大規模建築まで様々な分野を取り扱うストロングスタイル! 所有資格/建築士/宅建士/AFP/古民家鑑定士/福祉住環境コーディネーター/大型免許・大型二輪/一級小型船舶免許操縦士他

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